著者
松井 理直
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.20, pp.89-126, 2017-03

差異の体系は分節音の構造に本質的な役割を果たす。しかし、要素理論で使われる音韻要素は、こうした体系を直接的には表現できない。そこで本稿では、C/D モデル(藤村2007) に立脚しながら、差異の体系を支える音韻要素の内部構造について検討を行う。The system of distinction plays an essential role in the structures of segmental sounds. The phonological elements of the Element Theory, however, cannot expresses the system of difference directly. This paper explorers the inner structures of the phonological elements that support the system of distinction from the view point of the C/D model (Fujimura 2007).
著者
松井 理直
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.17, pp.67-106, 2014-03

日本語の有声破裂音における声立ち上がり時間(Voice Onset Time, VOT) の分布は、しばしば双極的な性質を持つ。2つの分布ができることを説明する1つの可能性として、声帯振動の開始時点を決める基準点が1つではなく、2つあることが考えられる。例えば、1 つは破裂音の開放時点、もう1つは子音・母音間の音韻境界を過程できよう。本稿は、この子音・母音間の音韻境界が日本語の母音無声化、阻害音の有声性、借用語における促音挿入/促音抑制といった様々な音韻現象に影響することを考察する。また、最後に、母音・子音間の音韻境界に基づくモデルが、VOT の分布をよくシミュレートできることを述べる。
著者
松井 理直
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:24352918)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.49-56, 2020-03-05

本研究では,C/D モデルの観点から日本語音声の時間特性について概観する.結論として,基底状態におけるモーラの重要性および基底状態に対するある固有の子音が持つ等時間性の性質について述べる.
著者
松井 理直
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.19, pp.57-100, 2016-03

弁別素性の概念はローマン・ヤーコブソン以降、様々な形で研究されてきた。近年でも、弁別素性間の階層理論や過小指定、最適性理論における入力情報の完全指定と多様性といった形で議論が続いている。その中で、これらの概念が持つ多くの利点と、いくつかの問題点が明らかにされてきた。例えば、ソシュールの言う「差異の体系」に関する表示の問題や計算システムの並列性/直列性に関わる問題などが挙げられるであろう。その中で、統率音韻論などの要素理論で採用されている「音韻要素(phonological elements)」は、過小指定や素性階層の性質を反映すると共に、表示の完全性という点でも、離散的カテゴリーとプロトタイプカテゴリーの統合という点でも、こうした問題をクリアできる利点を持つ。しかし、その内部構造については十分な議論がなされていない。本稿では、C/D モデル(藤村2007) に立脚しながら、要素理論における「閉鎖要素」と「摩擦要素」の性質について検討を行う。
著者
黒木 邦彦
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.21, pp.85-93, 2018-03

本稿では、西日本方言の否定過去動詞接尾辞-(a)naNda (e.g. 知らなんだ、上げなんだ) などが内包する-(a)naN- の起源を、東日本方言の否定動詞接尾辞{-(a)nap-} の同族に求める。-(a)naNda は、その音形と意味とを踏まえれば、-(a)naN- と-da {-(i)tar-} とに分析できよう。-(a)naN- の基底形は、テ形接尾辞に先行する動詞語幹の末尾子音n、m、b が東日本方言などにおいてN で実現することを考慮するに、{-(a)nan-}、{-(a)nam-}、{-(a)nab-} のいずれかであろう。これらのうち、{-(a)nan-} は、否定動詞接尾辞{-(a)n-} の連続体と見做しうる。しかし、このように考えるのであれば、種々の否定表現のうち、否定過去表現においてのみ否定接尾辞を重ねる動機や意義を説明せねばなるまい。一方、**{-(a)nam-, -(a)nab-} は、東日本方言の否定動詞接尾辞{-(a)nap-}に音形と意味との両面で類似するものの、その確例はどの時代・地域にも見当たらない。ただし、**{-(a)nam-, -(a)nab-} と{-(a)nap-} とについては、音声的・音韻的妥当性に富む派生関係を考えうる。更に、**{-(a)nam-, -(a)nab-}起源説は、「ナツタ」「ナムシ」とそれぞれ表記される、2 種類の否定過去動詞接尾辞の存在を説明するに良い。In this paper I consider that -(a)nan- in the negative-past verb suffix -(a)naNda and similar suffixes in Western dialects of Japanese is derived from cognates of the negative verb suffix {-(a)nap-} in Eastern dialects. -(a)naNda can be divided into -(a)naN- and -da {-(i)tar-} on the basis of its form and meaning. The underlying form of the -(a)naN- would be {-(a)nan-}, {-(a)nam-}, or {-(a)nab-} because {n}, {m}, and {b} at the ends of verb stems are realized as N as in Eastern dialects when followed by a sandhi verb suffix. Although {-(a)nan-} can be regarded as a sequence of the negative verb suffix {-(a)n-}, we cannot explain why this negative suffix is duplicated only in negative-past expressions. **{-(a)nam-} and **{-(a)nab-} resemble the negative verb suffix {-(a)nap-} in Eastern dialects both formally and semantically, whereas certain evidences of **{-(a)nam-} and **{-(a)nab-} are never seen in any area and period. However, as for **{-(a)nam-, -(a)nab-} and {-(a)nap-}, we can find out phonetically and phonologically valid derivation between them. The theory based on presumption that **{-(a)nam-} and/or {-(a)nab-} existed in former times is good to explain existence of the negative-past verb suffixes ナツタand ナムシ.
著者
黒木 邦彦
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.19, pp.29-41, 2016-03

鹿児島県北薩地方の伝統方言は、不完成相に相当する複合形式VStm-iØ+kata=zjar-と抱合形式NSTM+VStm-iØ=zjar- (V: 動詞; N: 名詞; STM: 語幹) を有している。本稿では、両不完成相の形態統語的特徴を分析し、次のことを明らかにした。(1) 複合不完成相においても抱合不完成相においても連濁は生じず、両不完成相に含まれるVSTM-iØの末尾音節は連声し、直前の音節のコーダとなる。(2) 複合不完成相の構成要素たるVStm-iØ+kata の声調型も、抱合不完成相の構成要素たるNStm+VStm-iØのそれも第1 語根に拠るので、音韻的には1 語に相当する。(3) 動詞派生接尾辞に関して言えば、複合不完成相の動詞語幹は-sase-, -rare-, -cjor- を、抱合不完成相のそれは-sase- だけを内包しうる。(4) 複合不完成相はほとんどの動詞語幹から作りうるが、抱合不完成相は基本的に、動作の対象を対格助詞=o で標示する対格動詞語幹からに限られる。(5) +ik-iØ=zjar- 型のものを除けば、抱合不完成相が内包する名詞語幹は動作の対象を指すものに限られる。(6) 両不完成相で連体節を作る際は、=zjar-ruが連体節を作りえないため、=no がその代わりを果たす。(7) 複合不完成相は形態的には非対格述部に通じるが、統語的には対格述部に通じる。一方、抱合不完成相は、対象を指示する名詞を抱合してこそいるが、対格補部を取るわけではない。したがって、形態的にも統語的にも非対格述部の範疇を出ない。The Hokusatsu dialect of Japanese has compounding and incorporating imperfectives composed of VStm-iØ+kata=zjar- and NStm+VStm-iØ=zjar- (N: noun;Stm: stem; V: verb) respectively. The final syllables of VStm-iØ in both of the imperfectives turn into the coda of the previous syllable by sandhi. VStm-iØ+kata and NStm+VStm-iØ in the imperfectives are equivalent to a phonological word because their word tones are based on the first root as in phonological words in the dialect. The compounding imperfectives can be made from most verb stems, whereas the incorporating imperfectives cannot. The incorporating imperfectives are made from verb stems to attach the accusative enclitic =o to a noun denoting a theme, and furthermore, are able to contain only noun stems marked by =o. The compounding imperfectives are morphologically equivalent to a nontransitive predicate but are syntactically similar to a transitive predicate in terms of case marking. On the other hand, the incorporatong imperfectives share no morphological and syntactic features with an accusative predicate.
著者
松井 理直
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:24352918)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.27-44, 2021-03-05

日本語の開拗音に関する解釈には、“CjV”,“CjV”,“CiV”という可能性が存在する。音韻情報としては、一般的に/CjV/と捉えられることが多い。音声情報としても、Nogita (2016)およびHirajama&Vance (2018)は[CjV]という構造が妥当である根拠を提出している。本研究では、コーパスや調音運動に関する生理学的データの性質から、拗音の音声情報について検討を行った。測定の結果、先行研究と同じく開拗音は[CjV]構造を持つと考えるのが妥当と考えられる。
著者
久津木 文 田浦 秀幸
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.41-48, 2019-03-05

幼児期の二言語獲得は実行機能系やそれと関連する他者理解の能力を促進することが他研究で示されてきたが、早期からの外国語学習や日本語を含む二言語同時獲得の認知的な影響についての知見はほとんど存在しない。本研究では日本語を母語とし早期から英語を学習する幼児を対象に、早期からの外国語学習の認知的な影響を実行機能及び他者理解(心の理論)の観点から検証した。英語力と心の理論課題との関連が示され、英語の語彙を学ぶことが、他者理解を促進する可能性が示唆された。また、英語力が特に葛藤抑制と関連を示し、英語の語彙学習が葛藤抑制能力に影響している可能性が示唆された。また、心の理論と在園期間は関連を示したが葛藤抑制と在園期間は関連が示されなかったことから、葛藤抑制課題の反応時間や成績は言語によって促進された認知能力を反映するのに対し、心の理論課題の成績は社会的経験や社会的能力をより反映することが示唆された。以上のことから、普段から頻繁な使用や言語の切り替えがなくとも、幼少期の外国語学習は、認知に影響を与える可能性があることが示唆された。
著者
板東 美智子
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.20, pp.1-12, 2017-03-05

本稿は、日本語の複雑述語「V + -そうだ」のV と「-そうだ」の間に介在する時制の形態素の有無、あるいは、分布を観察し、その有無/分布と「-そうだ」補部の埋め込み節の統語的意味的特徴との相関性を考察する。最初に、連用形のV に「-そうだ」が接辞する形を観察する。Vの描く出来事の開始直前の状況が観察可能なとき、その「-そうだ」はアスペクト補助動詞と分析し、補部をVP とする。次に、「V-て(い)-そうだ」の文を観察し、この「-そうだ」は話者が同時に起きている他所の状況を「推測」する法助動詞であることを示す。またこの同時点の「推測」は、「-て」を時制と仮定する先行研究を参考に、「-そうだ」補部のTP (/AspP) がもたらす解釈であると仮定する。最後に、「V-{る/た}-そうだ」の文について、この「-そうだ」は先行研究に従って終止形を伴う「伝聞」の法助動詞とし、pro 主語とCP 補部を伴うことを述べる。

1 0 0 0 OA 隠された疑問

著者
郡司 隆男
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:24352918)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.11-27, 2020-03-05

いわゆる「潜伏疑問」(concealed question) と称される表現は、名詞句でありながら、その意味が埋め込み疑問文に相当するものである。これは、特定の動詞、例えば「知っている」のような語と共起したときに、疑問文補文と同様の解釈を得る。本稿の目的は、このような表現について、基本的に存在量化子を含む意味論を仮定すれば、疑問文の解釈が得られることを示し、同時に、量化詞としての性質を示すことである。郡司(2017) で論じた、疑問文埋め込み文をとる「知っている」のような動詞の意味論と埋め込み疑問文の意味論を拡張し、それと存在量化の名詞句の意味論との相互作用で、「潜伏疑問」の解釈が導かれることを明らかにする。
著者
久津木 文 田浦 秀幸
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.22, pp.41-48, 2019-03

幼児期の二言語獲得は実行機能系やそれと関連する他者理解の能力を促進することが他研究で示されてきたが、早期からの外国語学習や日本語を含む二言語同時獲得の認知的な影響についての知見はほとんど存在しない。本研究では日本語を母語とし早期から英語を学習する幼児を対象に、早期からの外国語学習の認知的な影響を実行機能及び他者理解(心の理論)の観点から検証した。英語力と心の理論課題との関連が示され、英語の語彙を学ぶことが、他者理解を促進する可能性が示唆された。また、英語力が特に葛藤抑制と関連を示し、英語の語彙学習が葛藤抑制能力に影響している可能性が示唆された。また、心の理論と在園期間は関連を示したが葛藤抑制と在園期間は関連が示されなかったことから、葛藤抑制課題の反応時間や成績は言語によって促進された認知能力を反映するのに対し、心の理論課題の成績は社会的経験や社会的能力をより反映することが示唆された。以上のことから、普段から頻繁な使用や言語の切り替えがなくとも、幼少期の外国語学習は、認知に影響を与える可能性があることが示唆された。
著者
西垣内 泰介
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.59-74, 2019-03-05

本論文は,「地図をたよりに(目的地にたどりつく)」のような,「付帯条件」を表すとされる付加表現について新しい提案をしている西垣内(2019, 『日本語文法』19(1)) の補遺である。そこで提案されている統語的分析の要点を示した上で統語分析の詳細なポイントを追加し(1–2 節),代名詞束縛,量化表現の相対スコープ,「量化詞分離」の現象に基づく「構造的連結性」の議論を提示し(3 節),「時」に関する解釈など,統語論分析だけでは捉えられない意味的な要因についての議論を行い(4 節),西垣内(2019) で主張している「X をY に」と「X をY にして」は構造的に違うものだという議論に,主に「時」の解釈に関連した議論を追加している(5 節)。また,西垣内(2019) の主張のポイントのひとつは三宅(2011) 以来この現象についての研究で共通認識となっている,この構文と「指定文」との間の平行性がいずれも「関数名詞句」から移動によって派生することから由来する二次的な現象に過ぎないということであるが,本論文では,そのような平行性が成り立たないことを示す複数のケースを提出する。
著者
池谷 知子
出版者
神戸松蔭女子学院大学学術研究委員会
雑誌
トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin : 神戸松蔭女子学院大学研究紀要言語科学研究所篇 (ISSN:13434535)
巻号頁・発行日
no.20, pp.35-59, 2017-03-05

統語的複合動詞「~出す」と「~始める」は、両方とも開始のアスペクトを表すものとして知られている。この2つは言い換えがきくものされてきた。先行研究ではこの2つの違いとして、「~出す」の方は「突然性」があるとされてきた。これまで、複合動詞の用法については、作例で検証されることが多かったが、本研究では「現代日本語書き言葉均衡コーパス(通常版)中納言BCCWJ-NT」を使うことによって、「~出す」と「~始める」の違いを、数量と実例を使った観点から明らかにしていく。そして、「~出す」と「~始める」の違いには、動詞の限界性と動作主のコントロール性という2つの要因が関与していることを論じる。そのことによって、「~出す」と「~始める」の表す開始のスペクトの違いを明らかにする。